愛人と過ごした一夜

「一回でいいので、一晩、あなたを独り占めすることができたら」出口にむかうホテルの通路を歩きながら、彼女が言いました。
「行えない訳じゃないけど」自分は彼女の気持ちを慮って、言うほど考えもしないで言いました。
「それだと、行ってちょうだい!」といったように言った際の彼女は、今にも自分に飛びつかんばかりでした。
「依然としてすぐには無理だけど……」「すぐで無くても良いので、しかし、絶対よ。約束して」「よし、約束しよう」
自分は家内を同意させるだけの口実を、それから必死に考えなければならなくなりました。
やっぱり今回も、自分の趣味の将棋をもちだすことになったのです。
「今度、将棋友達のKくんと彼の自宅で夜を徹して勝負することにしたんだ。来週土曜の夜に出向くから」
Kくんが将棋倶楽部の知り合いなのは、以前から家内も認識しています。ひとり者の彼の自宅で将棋を指したといったこともこれまで何回と無くありました。何よりも家内を賛同させるのに、これを超える口実は思い浮かびませんでした。手土産が不可欠ねと、彼女は敢えて近所の和菓子屋において最中の詰め合わせを買ってきてくれました。自分はなおかつ家内を信用させることからに、あえてKくんの電話番号も話しておきました。Kくんが記録したヒトからの電話だけしか出ないことを想定したうえでの狡猾な自分の対策でした。
土曜の夜、とざされたホテルの一室で彼女と自分は、二人のみの朝を迎えました。日ごろの、時間に追われるかのようにしての交わりとは全然ちがう満たされた歓びによいしれながら自分たちは、パーフェクトに燃え尽きてベッドに横たわっていました。